名前の由来

「名前の由来」

創立当時母校が「日本女子技芸学校」と称して谷中初音町にあり、その地の鶯渓会の初音に由来する。

■現校名決定までの経緯

2007年10月21日

2006年4月の統合高校開設に合わせ準備を進めてきた東京都は、2005年8月末に新設校校名を決定した。これは、9月都議会における都条例の改訂手続が場合によっては必要である事、開校準備の事務処理上など、この時期に校名を決定しておかなければならない事情があった。

鶯渓会にとって校名問題は、母校統合が発表されたとき以来の長年の関心事であり校名などの決定に至る経緯を時系列で報告する。(稲見悦彦)

(1)2005年6月9日(木)小峯校長と上野忍岡高校で初めての面談。(小峯校長は、2004年4月上野忍岡高校内に設置された新校開設準備室の校長として赴任、2005年4月からは母校忍岡高校校長を兼務)校長は都教育庁から校名案を提出するよう要請されたので事前に説明する。剪定にあたっては主として次の点を考慮した。

イ)電灯、所在地の歴史、地域住民の意向

ロ)新しい歴史を作るうえから、忍岡という名称は避けたい(近年、忍岡は地域から評価が低い。後援会理事長の不祥事などを配慮した)。

校名案は下記の通り

「浅草橋」「向柳原」「蓬莱」「柳北」「柳橋」

※忍岡は由緒ある名称であり、両校に共通するもので是非候補に入れてほしいこと、提案されたものには知名度や校名に相応しくないものがあるため再考を要請した。

(2)6月10日(金)校長より文書で都に提出した校名案が通知された。「浅草橋」「浅草橋柳北」「柳北」

(3)6月27日(月)都から下記の理由で再提出するよう指示があった旨、校長より文書で通知される。(「浅草橋」は昼夜間定時制高校の浅草橋高校が新設されるので、類似するため不適当と明記)そこで再提出した校名案 「浅草橋柳北」「柳北」「秋葉原」「忍岡」 ※「秋葉原」は千代田区の地名であり、台東区にある校名には不適切である旨返信する。

(4)7月25日(月)服部ゆくお都議(台東区選出、都議会や都庁への紹介など統合問題で支援をいただいた)より、校名問題の最近の動向について電話があり、校長との協議経緯を報告した。

(5)7月26日(火)校長より電話で、都教育庁担当者と面談してほしい旨の要請がある。

(6)7月27日(水)改革担当新井参事他3名と都庁で面談。校長が提出した校名案を中心に協議する。この席で他の鶯渓会役員とも面談したいと要請される。

(7)8月1日(月)都庁会議室で新井参事ほか担当者、小峯校長、鶯渓会役員5名で協議。都から新たに校名案が提示される。「秋葉岡」「銀杏岡」「梅苑」「忍岡開進」「忍岡双成」「忍岡双星」※忍岡の名称を残す観点からは一歩前進とも言えるが、結論を見るに至らず。なお、都は上野忍岡関係者とも近く協議する予定。

(8)8月8日(月)都担当者・藤本副参事より、校名は「忍岡」とすることに内定したと電話がある。

(9)8月31日(水)母校で校長、寶槻副校長都面談氏、これまでの経過と今後の方針の説明をうける。

イ)8月25日の都教育委開催時に校名問題が提案され、了承されたので校名が正式決定した。校名変更がないので、都議会には府議されず正規の手続きは完了した。

ロ)これを受けて、来年(2006年)3月4日に開催を予定している閉校式などの催しおよび閉校記念誌の取扱について、同窓会(鶯渓会)後援会とで意思統一を図りたい。

ハ)都としては校名が継承されるため、今後、閉校という文言は使用しない。ただし、学校が予定している閉校関係行事などに閉校の文言を使うことは、校内問題という建前から、都は関与しない。

二)校名は引き継がれるものの、実質的には閉校であるから、予定している行事は全て実施する。

ホ)記念誌の現行はほぼ集まっているが、執筆者の中には校名が継承されない前提での内容が見受けられるため、その方には現行の修正をお願いする。

ヘ)新校の校歌、校章、制服については新しいものとしたい。予算措置(約180万円)が出ているので、近く準備をはじめたい。

ト)新設校の施設利用については、一部校庭の利用に限り地域住民に開放するが、他の施設は利用できない。(学校警備が現在の警備員常駐から、機械警備体制に変更されるため)

(10)9月7日(水)都庁に於いて新井参事はか担当車と協議。との見解が示された。

イ)校名の継承は、伝統も合わせ引き継ぐことで、こうめいと伝統は不可分である。

ロ)従って、忍岡は閉校いうことではなく、敢えて云うなら普通科課程が終了し、新年度から普通科と生活科学科からなる単位制高校にリニューアルされるという考えである。

ハ)このことは教育して委員会にも了承を得ており、上野忍岡関係者もほぼ理解している。

二)よって、近い将来忍岡は創立100周年を迎えるため執念事業を計画するのではないか。

ホ)このようなことから、今回予定している閉校関連事業はすべて中止した方が良いと思う。学校とよく協議してほしい。

ヘ)ただし今回の改変を契機に校歌、校章、制服は新たにしたい。※現在の校歌は優れたものであり、歌詞の内容も慶緒いうしても違和感がないと思うので検討してほしい。(この件は新井参事が理解を示した。)

(11)9月10日(土)母校において、校長、副校長、後援会役員と今後の対応を協議。早々に閉校委員会を開催し関連事業はすべて中止を決定する。また、後援会は予定通り年度末をもって解散しすることを確認した。  (2007年10月記)